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大和ミュージアムへ行って来た 廃止直前のJR三江線+呉訪問 2日目中編2

2018.05.25 22:05|関西・北陸・中国
JR三江線+呉のまとめはこちら

廃止直前のJR三江線+呉訪問 2日目中編2 大和ミュージアムへ行って来た




©google maps


さて中編その1では海上自衛隊呉史料館 、愛称「てつのくじら館」へ。本物の潜水艦あきしおに入れるとはまさか思っておらず、大興奮でした。

中編その2ではいよいよ本日のメインイベント、大和ミュージアムを訪れます!!







戦艦大和 1/10スケール模型






やってきました大和ミュージアム。広島県の一大観光名所として非常に有名。太平洋戦争やWW2に明るくない人でも知っているくらい有名どころです。
正式名称を呉市海事歴史科学館と言いますが、大和ミュージアムのほうしか知られていないので、以下こっちで統一します。ではいざ入館!

ちなみに開館時間は9:00〜18:00。入館料は500円と激安!





さあ!入場してまず出迎えてくれるのは超巨大な戦艦の模型です!!

何を隠そうこちらがかの有名な大和型戦艦1番艦「大和」の10分の1サイズの模型です。
1/10と侮るなかれ。戦艦大和そのものが排水量は7万トンを超え、全長は263 m、幅は39 mという規格外の巨大さなので、模型もちょっと度肝を抜かれるくらいのサイズ感です。



しかも巨大なだけではなく、戦艦大和の艤装や兵装が極めて正確に再現されています。ハリネズミのような高射砲・高角砲もこの通り!斜めの煙突もカッコいい。



まあ順番に紹介していこうではありませんか。
まずは大和と言えばコレ!主砲である45口径46 cm3連装砲です。大和型戦艦はこの46cm砲を3基9門装備。最大射程はなんと42,000 m。

42,000 mって簡単に言いますけど、42 kmですからね。42 km遠くの目標まで届く大砲とかもう意味が分かりません。
発射された砲弾は高度1万メートル以上まで達します。これは余裕で飛行機が飛ぶ高度。富士山の3倍程度まで上昇してまた落ちてくるとか運動エネルギーだけで物凄い威力になりそうです。



主砲の次は副砲です。60口径15.5 cm3連装砲。4基12門装備しています。
もっとも最早艦隊決戦が望めなくなったマリアナ・レイテ沖海戦後、この15.5 cm副砲は2基を残して取り外され、高角砲や機銃がてんこ盛り装備されることになりました。

この大和の模型が一体いつ頃の装備を再現したものかは不明ですが、すでに15.5 cm副砲は取り外されているので戦争末期のころを再現したのだと考えられます。





46 cm3連装砲と15.5 cm3連装砲を一緒に。ものすごい迫力です。今にも動き出しそうです。

ところでこの写真で分かるかと思いますが、戦艦大和の姿はかなり幅が広いんですよね。
一般に船は細長いほうが速度は出ますが安定性や復元力に難が生じます。その点大和はある程度速力を犠牲にして、幅を広く持ったことで高い安定性を得ました。その防御力は戦艦武蔵の最期を知っている人にはお馴染みでしょう。



こちらが戦艦大和の主要な対空火器。25 mm3連装機銃です。沖縄特攻時はこの3連装機銃が52基156門も装備されていたようで、まさにハリネズミ。
まあそれでも乱れ飛ぶ航空機相手には何の意味も無かったわけですが……誰かシースパローとCIWS持ってきて。

あと余談になりますが、3連装機銃は砲身が3本ありますが、これ一度に全部撃つわけではないのでご注意を。端から1本ずつ順に打ちます。その間撃っていない砲身は冷却します。まあ考え方によっては長篠の戦いの三段撃ちみたいなイメージです。



今度は艦尾側から。カタパルトに乗っている複葉機は零式観測機
本来は弾着観測用なんですが、そんな呑気なことをしている暇などあるわけなく、偵察機として利用されました。
しかし複葉機であるゆえの軽さと格闘性能を買われて、二式水戦とともに防空任務にも従事したとか。偵察機になにさせてんだ。



ちょっと違う角度から大和の艦橋と対空兵装を。左右にある上下を睨んでいる兵装が40口径12.7cm連装高角砲。機銃はともかく、高角砲なんか本当に敵機に当たったんでしょうか。





大和の艦橋構造物の一番高いところ、先端にある特徴的な金網こそ二式二号電波探信儀一型。通称21号電探。15m測距儀もセットで語られることが多いです。

電波探信儀は略して電探と呼ばれることが多いですが、要するにレーダーです。肉眼では全く見えない遥か遠くの航空機や水上艦を発見して、攻撃できる。今では当たり前ですが当時は最先端の機器でした。





最後に真正面から戦艦大和の雄姿を。菊の紋章がまぶしいですが、広い横幅に比べてかなり反り返ってスマートな艦首部だと分かります。




長門・最上・紫電改などの模型コーナー








さて、それでは巨大大和から一度離れて、館内の展示物を順に見ていくことにしましょう。

まずは1945年に複数回に渡って行われた呉軍港の空襲について。
当時広島県呉市は海軍の呉鎮守府などを要する内地の一大軍港でした。その軍港を、アメリカ海軍空母機動部隊の艦載機が空襲。

戦艦榛名以下、伊勢、日向、航空母艦天城は大破着底。葛城や鳳翔、龍鳳も損傷。
その他巡洋艦、駆逐艦も沈没、浸水、大破、転覆など。まあはっきり言って散々にやられました。ケチョンケチョンにやられました。

紫電改で有名な海軍、第三四三航空隊が迎撃を行ったこともありましたが、もはや焼け石に水。量も質も勝る連合軍には対抗する手段すらありませんでした。本土に艦載機が来てる時点で終わりですよねどう考えても。





当時の呉駅周辺、呉鎮守府周辺の模型が展示してありました。
この呉駅と今の呉駅が同じ場所なのかはいまいち分からないんですが、この大和ミュージアムが建っている場所はまさに軍需部や鎮守府本庁舎のあたり。

改めて凄い場所に来てしまったことを実感します。歴史的に極めて重要な場所であります。



江田島、小用港に停泊していた戦艦「榛名」に対する爆撃の写真です。
水柱が榛名の艦橋よりも高く上がっていて、爆発の凄まじさがよく分かります。あんなもん食らったら終わりでしょう。



こちらはトラック島を空襲中のアメリカ軍機から撮影された極めて貴重な写真。当時トラック島は広大な環礁に囲まれた良港として、日本海軍の一大根拠地でした。

ちなみに映っている機体は急降下爆撃機SBD「ドーントレス」。
当時の写真にしては凄く高精細に撮れていると思いませんか?カラー化すれば今でも十分通用しそう。



そしてこちらは、1945年8月6日。呉から見た広島への原爆投下の写真
広島と呉は現在の電車で30分ほどの距離があるんですが、それでもこのキノコ雲の巨大さ。明らかな戦争犯罪ですよねえ。



お次は様々な艦艇の模型が展示してあるコーナーへやってきました。
こちらは戦艦「長門」。45口径41cm連装砲が4基8門装備されていて、前と後ろに2基づつあるので前後が分かりにくいという外見。

ちなみにこっちが艦尾側です。下にスクリューが見えるでしょ。



こちらが45口径41cm連装砲。しかし模型とはいえ本当によくできている。こういうの自分で作ったり家に飾ったりしたいんだけどなあ。
場所もないし、そもそも不器用なので大破した長門が完成されそう。やっぱり止めておくのが無難か…。





こちらは長門を艦首側から。

長門についても語るべき事はたくさんあります。
ネルソン級「ネルソン」やコロラド級「ウエストバージニア」などとともにビッグ7(世界七大戦艦)と呼ばれたこと。
終戦まで沈没せずに生き残ったこと。
終戦後、占領軍に接収されて原子爆弾の標的にされたこと。
しかし1度目の原爆には耐えたこと、などなど…。

長門と言えば某アニメのキャラクターばかりが有名ですが、たまには長門型戦艦1番艦「長門」の事も思い出してあげてほしいです。当時の日本国民にとっては、極秘の大和や武蔵より、長門のほうがよほど有名だったのだから。



こちらも超有名どころ。正規空母「飛龍」。ミッドウェー海戦で赤城・加賀・蒼龍がドーントレスによってボコられて次々と大破炎上する中、アメリカ軍に一矢を報いた艦。
艦長の山口多門少将は山本五十六GF長官と並び称えられるほどの名将としても有名です。

「現装備ノママ攻撃隊直チニ発進セシムヲ正当ト認ム」という進言が聞き入れられていれば、さてどうなったことか…。





こちらは重巡洋艦「最上」。最上型重巡の1番艦です。捷号作戦(レイテ沖海戦)で損傷、重巡「那智」と衝突などがあり雷撃処分されました。

そもそもレイテ沖海戦までは、まだ日本海軍の連合艦隊も艦隊と呼べる格好がありました。

しかしレイテ沖海戦で、空母4隻、戦艦3隻、重巡6隻などなど主力艦を一挙に失いました。事実上レイテ沖海戦で、連合艦隊は消滅したと言われています。



吸盤か壺のような見た目ですが、局地戦闘機「秋水」のロケットエンジンのノズルだそうです。これまた貴重なものです。

秋水はドイツ空軍のメッサーシュミットMe163「コメート」の資料を参考に(コピーして)設計されましたが、試作機の段階で終戦を迎えました。

コピー元のコメートは最高速度960 km/hと、これはもうジェット機の水準に足を踏み入れています。
空戦では時速が50キロ違うだけで一方的に殴れると言われていますが、500~700 km/hでウロウロしていた当時のレシプロ戦闘機の中にあって1,000キロ近い時速はもはや暴力。ルフトヴァッフェの技術力は凄まじい。





そんな化け物の話は置いておいて、まともなレシプロ戦闘機の話に戻ります。
こちらは日本海軍の局地戦闘機「紫電改」。名前がカッコイイので知っている方も多いでしょう。一応、日本軍の中でも有数の高性能を持つ機体でした。速度はちょっと遅いんだけどね。

ちゃんと垂直尾翼に343空のデカールが張ってあります。





こちらは艦上爆撃機「彗星」。日本軍には極めて珍しい液冷エンジンを積んでいるので、ドイツ空軍機のような見た目をしています。これは3式戦闘機「飛燕」も同じ。

彗星はいかにも速度が出そうな見た目の通り、最高速度は艦爆としては破格の552 km/h。ライバルであるSB2Cヘルダイバーの最高速度は475 km/hなので80 キロほど速いです。





零式艦上戦闘機六二型




さて素敵な大和ミュージアムですが、実は大和だけではありません。ここからは第二のメイン展示。
なんと零戦が展示してあるのです!!!



こちらが零式艦上戦闘機六二型。私、本物の零戦を見るのはこれが初めてです。



零戦を見てまず感じたのが、予想以上に大きい!!という事。
様々な書物などで「零戦は華奢」と言われておりその印象が強かったんですが、実物を見るとなんと大きいこと!!

人が映っているので比較が出来ると思いますが、こんな巨大な航空機を何千機も作る当時の日本の工業力も捨てたものではないと思いますね。



ファインダーからはみ出るサイズ感が伝わるでしょうか。

写真は3翅プロペラ。写っていませんが、機首の上側に13ミリ機銃が1挺装備されています。
よく「自分の機銃で自分のプロペラを撃たないの?」という疑問がありますが、あれはちゃんとプロペラを撃たないように発射間隔が計算されているのです。いわゆる、プロペラ同調装置ですな。



さて一言に零戦と言っても色々タイプがありまして。この大和ミュージアムに展示してあるのは六二型になります。ちなみに六二型は「ろくじゅうにがた」ではなく、「ろくふたがた」と読むので注意。

六二型は一言でいえば戦闘爆撃機型!です。五二型丙の胴体に250 kg爆弾を吊るせるようにした型になります。
なにただでさえ馬力の無い零戦がヤーボなぞ出来るわけがない?じゃあ残された手は一つ?この辺で止めて置きましょう。





さて零戦の横に安置してある謎の機械。これが実はレシプロ航空機の発動機(エンジン)です。
零戦62型に搭載されているのは栄三一型甲。離昇馬力はたったの1,130hp。2,000馬力級のエンジンを積んだ連合国軍機相手では極めて不利な戦いを強いられました。強力なエンジンを開発出来れば、日本の航空機ももう少しは活躍できたと思うんですけどねえ…。

誉?知らない子ですね……。



お次は搭載火器のお話です。翼内機銃として二号20 mm機銃を2挺、そして三式13.2 mm機銃も2挺、装備しています。左の水玉模様があるほうが13.2 mm機銃、右が20 mm機銃。

十二試艦上戦闘機や21型・52型のような7.7mm機銃2挺では豆鉄砲と同じなので、52型乙から13.2 mm機銃が追加されました。まあ、無いよりはましといった程度ですか。



こちらがその三式13.2 mm機銃。サビサビですが本物です。給弾方式としてベルト式を採用。
弾速の遅い20ミリ機銃よりはむしろ頼りになったのかな。



こちらが62型の部品の説明。この写真だと防弾ガラスが装備されていることや、空中線に目が行くかと思います。
この空中線は線自体がアンテナの役割を果たしています。有名な九六式空一号無線電話機のアンテナです。



大和ミュージアムでは零戦を上から眺めることも出来ます。操縦席をのぞき込むようなアングル。
様々な計器も見えますし、ちゃんと防弾ガラスを確認できます。零戦は運動性に物を言わせて当たらなければどうということはないを地で行ってしまったわけですが、戦争末期になってようやく防弾性を意識しました。遅すぎます。



こちらはフラップの写真ですが、ノルナ、と書かれている話は有名です(笑)



この角度からの零戦、ちょっとカッコよすぎます。自分で言うのもなんですが、結構いい写真が撮れました。



零戦の展示コーナーを奥に進むと、順路は上階へと続いていきます。エスカレーターで上へ。
ちょうど戦艦大和を右下に見下ろせる格好となります。





かなり高い位置から大和を見下ろします。先ほども言いましたが船体を見るとかなり幅が広いことに気づくかと思います。
また、対空兵装も含めほとんどの構造物が艦中央に集中しています。爆弾なんか当たったらエライ被害だろうなあ…。





再び模型コーナー 伊401・利根・雪風






大和を見下ろしつつ先へ進むと再び模型コーナーへ。
この潜水艦の形を見てピンと来る人は少ないと思いきや、実は結構多いのではないでしょうか。そう、非常に有名なあの潜水艦です!





伊号第四百一潜水艦です。伊401潜と言えば様々な物語やアニメなどでも取り上げられている事からご存知の方も多いでしょう。

伊400型潜水艦は潜特型とも呼ばれますが、全長122 m、排水量は6,000トンを超えており、第二次世界大戦中、最も大きな潜水艦でした。
というより、あまりに巨大すぎて原潜を除けば2012年まで世界最大のサイズを誇っていました。



伊400型潜水艦は潜水艦なのに攻撃機「晴嵐」を3機も搭載出来るというその破天荒さで大人気です。航空機を搭載できることから潜水空母と呼ばれることも。

また、巡航速度で走り続ければ地球を1周半も航行できるというその航続距離も魅力の一つ。





こちらは重巡「利根」。かなりスマートな船体でいかにも高速・高性能そうな外見をしています。
説明文に「ミッドウェー海戦でアメリカ機動部隊を最初に発見したのは利根の索敵機でした」とありますが、この索敵機とは利根4号機のことです。

筑摩1号機と利根4号機の関係や4号機の発進が遅れたことによる影響など、現在でも盛んに戦史研究が行われている一大分野です。





こちらは先ほども紹介した正規空母「飛龍」。
甲板左に「ヒ」の文字がある事から搭乗員が自分の母艦を間違えずに帰艦出来ました。また、艦橋が左側にあるのも特徴です。





こちらは奇跡の駆逐艦として知らない人はいない駆逐艦「雪風」。陽炎型駆逐艦の8番艦です。

ミッドウェー海戦・ソロモン海の戦い・ケ号作戦・マリアナ沖海戦・レイテ沖海戦・坊ノ岬沖海戦など、太平洋戦争での主要な海戦のほぼすべてに参加、なおかつ終戦まで生き延びました。

夕雲型駆逐艦と陽炎型駆逐艦の中で唯一終戦まで生き残った駆逐艦という事を聞けばその異常さが分かるでしょう。化け物かよ。
同じく幸運艦の時雨とともに「呉の雪風、佐世保の時雨」と称えられました。



最後にもう一度、戦艦大和の姿を。
軍艦というのは極めて実用的で無骨なものなのですが、しかしなぜだろう。そこには確かな美しさが存在すると感じます。





以上で2日目中編その2は終了。本編では大和ミュージアムを堪能、巨大スケールの戦艦大和や零式艦戦、そして様々な展示物を楽しんで、また色々なことを考えながら見学することが出来ました。
入場料も安いし、呉駅から歩いて10分程度だし、広島県を訪れた際はぜひ大和ミュージアムに足を運んでみて下さい。

後編では大和ミュージアムを出て呉線に乗車、京都への帰還を目指します。


2日目 後編へ続く



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旅行・写真・鉄道・読書など。アウトドア派になりたいインドア派。
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